「縄文カルタ」その3

Posted by on 2018年3月16日

今日のかるたは暖かくなってきたので

「は」「る」を見てみましょう。

「は」「運ばれたヒスイの里は糸魚川」

糸魚川と言えば新潟県の糸魚川市に流れている河です。その元をたどっていくと、白馬村の姫川が元になっているそうです。

そして糸魚川では「ヒスイ」が取れるのです。今でも川にはヒスイが転がっているそうで、ヒスイを拾うツアーなどもあるらしいです。

そのヒスイ、やはり縄文時代から貴重なアクセサリ―として人気だったのではないでしょうか?

勾玉などと言われて遺跡の中からも出てきています。蓼科の黒曜石が日本中へ取引をされていて、ヒスイは糸魚川から他の町へ売られていったのかもしれません。当時は物々交換かもしれませんね。

ちょっと北の方へ足を延ばして「ヒスイ探し」を楽しんでもいいかもしれません。

「る」「ルンルンと獲物しとめた帰り道」

縄文時代の当時はイノシシ他獲物をしとめて担いで家族のもとへ帰ったことでしょう。

最近の蓼科では、冬に猟が解禁されているので、たまに鹿さんをしとめて運んでいる場面に遭遇することがあります。

生きているときは軽やかに走り回っていますが、仕留めた物はそれはそれは重たいそうです。

この頃は「ジビエ」のお店やイベントも流行っています。カナダではお肉屋さんで普通に鹿肉を販売しているそうです。「え!鹿肉???」と思いましたが、イベントで食べたお肉は意外と食べやすく美味しかったです。ヘルシーなのでただ自然保護で捕獲するだけではなく身近に利用できるシステムが整うと山の恵みを生かしていけますね。

鹿は自由に山を走り回っています。いまだに放射線の影響があると聞きました。八ヶ岳のこちら側には放射線がほとんど落ちなかったので、ちょっと安心して食べられると思いますが、念のため放射線検査をしたものを食べるようにとの事です。